願書に書きたい!福澤諭吉の言葉
例年、慶應義塾横浜初等部の願書には創設者の福澤諭吉の著作『福翁自伝』を読んで、所感を記す指示がありました。
しかし、これまでとは異なり、2020年度の横浜初等部の入試では次のように変更されました。
「『伝記 小泉信三』を読んで、慶應義塾の塾風・気風(空気感)について感じるところを書いてください。」
そこで、この「『伝記 小泉信三』を読みとくブログ」では、これからこの本を手にされる方のために、どんな箇所を気にとめながら読んでいけば良いのか、詳しく解説します。
二 福澤諭吉との記憶
父親を亡くした小泉一家は、福澤諭吉の家に引き取られました。
その際、福澤諭吉はあれこれと世話を焼いて小泉家の面倒を見てあげたように思いがちですが、実際はそうではありませんでした。
どうしたかというと、伝記には次のように書かれています。
「何から何まで親切にするのでなく、そっと静かに見守っていた」(P7)
父親を亡くしたことは時間にしか解決できないと福澤諭吉という人格者は良く分かっていたのでしょう。
そんな福澤は、その人柄がうかがえる言葉をたくさん残しています。
今回扱う伝記のページでも、福澤が残した有名な言葉が続けて紹介されています。
伝記の中で慶應義塾の教育理念である福澤の言葉を直接扱っている数少ない箇所なので、注意してみていきましょう。
体力重視
ひとつ目の言葉はこちらです。
「先ず獣身を成して後に人心を養うべし」
この言葉の意味は次のとおりです。
まずは肉体を丈夫に成長させましょう。
その後に精神面の発達を心がけるべきです。
筆者はこの考え方こそ福澤の教育の根底にあると指摘します。
確かに慶應では初等教育段階において運動、体力を重視する傾向があります。
その背景にはこの福澤の考え方があるからなのです。
この言葉のとおり、福澤自身も筋トレマニアさながらに、亡くなるまで身体を鍛えることを日課にしていました。
そんな福澤が毎日実践したトレーニングメニューが次の3つです。
1.暗いうちから散歩
2.朝食用の米つき
3.居合い抜きを8時半~午後1時まで4時間半行う
(その際の足踏みを歩いた距離に換算すると約10㎞)
福澤は66歳で亡くなっていますが、この日課を亡くなるまで行っていました。
身体を動かすことで頭の働きも活発になったようです。
こうして福沢は運動後、『学問のすすめ』など、後世まで残る著作を記していったわけです。
偉大な文筆家、教育家は勉強ばかりでなく、大変な運動家だったのです。
まとめ
今回扱ったページは福澤諭吉の言葉に直接触れることで慶應の塾風を良く理解できる箇所になっています。
慶應の入試では、ペンも、剣も、どちらも重要視されているのです。
日ごろの体力づくりもとても大切ですね。
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