願書に書きたい!慶應の気風
例年、慶應義塾横浜初等部の願書には創設者の福澤諭吉の著作『福翁自伝』を読んで、所感を記す指示がありました。
しかし、これまでとは異なり、2020年度の横浜初等部の入試では次のように変更されました。
「『伝記 小泉信三』を読んで、慶應義塾の塾風・気風(空気感)について感じるところを書いてください。」
そこで、この「『伝記 小泉信三』を読みとくブログ」では、これからこの本を手にされる方のために、どんな箇所を気にとめながら読んでいけば良いのか、詳しく解説します。
三 慶應義塾の学生になる
今回扱うページは小泉信三が公立小学校を経て、慶應義塾普通部(中学部)に進学した直後の話です。
信三のいとこが時の慶應義塾塾長に頼み込んでくれたおかげで、慶應義塾に入塾できた信三は、慶應の気風があっという間に好きになりました。
このように横浜初等部の願書作成指示で示される「慶應の気風」に直接言及されている箇所が今回のページです。
さて、慶應義塾の気風ですが、次のように記されています。
・上級生が下級生にいばらない
・下級生が上級生に遠慮しない
・中学生が大学生を「君」付けで呼ぶ
この気風が自然で、気持ちの良いものと書かれます。
信三は当時の少年が、たいていそうだったように軍人なることにあこがれを持っていました。
しかし、信三は慶應の気風が体に合ったため、慶應義塾大学にその後進みます。
軍隊は上下関係の厳しい社会です。
一方の慶應は独立自尊の精神で、個々人の意思が尊重される気風、塾風です。
これらの違いは、今感じるよりも、当時はもっと大きな違いを感じたことでしょう。
特に慶應の気風は当時の日本にあっては開明的に映ったことでしょう。
結果から我々は語るのみですが、この分かれ道こそ「伝記 小泉信三」で描かれる学者、知識人、慶應の「小泉」になる選択だったのです。
慶應進学後の信三ですが、テニス部に所属をし、情熱を注ぐ姿が描かれています。
慶應は「文武両道」で培われた、たくましい心身により、社会貢献する卒業生を輩出してきた歴史があります。
その背景には「先ず獣身を成して後に人心を養うべし」という体育教育の重要性を説く福澤諭吉の指針がありました。
信三は、この体育教育を重視する慶應の代名詞的な存在です。
信三の学生時代の日本テニス界は、現在の筑波大学、一橋大学が二強を誇っていました。
しかし「練習は不可能を可能にする」と後年語る負けず嫌いの信三は、猛練習の結果、一橋大から歴史的な勝利を初めて勝ち取るのです。
「天才とは異常の努力をなしうる人だ」という小泉のもう一つの持論もここで紹介されます。
この後の研修者としての人生も、これらの言葉を胸に信三は生きたといいます。
まとめ
今回扱ったページは慶應横浜初等部の願書指示にある「慶應の塾風・気風」が、そのままずばり登場しています。
塾風・気風という空気感は見えないものですから、なかなか表現しづらいものです。
しかし、この本では小泉信三の進路選択を通し、示していました。
皆さんのお子さまの進路選択の際に塾風・気風を問うのは、小泉自身の進路選択でも塾風が重要になったからとも言えるでしょう。
また、小泉イズムとでも呼ぶべき、彼の信念が示される名言が各所に出てきました。
願書を書く際には繰り返し読むと良い部分でしょう。
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